誇りある日本をつくる会

平成15年11月8日

誇りある日本に!が清水町東部機械健保会館にて開催されました。烏丸せつこ氏(女優)の特攻隊員の遺書の朗読は、心にしみました。参加者380名

一部:「今だから話さなければならない祖国へ遺す最後の証言」 田形竹尾氏(87歳)
二部:「遺書 朗読」 烏丸せつこ氏(女優)
    「マスコミの現状と今後の展望について」 水島総監督
    「日本文化チャンネル桜 創設の呼びかけ」松浦芳子事務局長
            
主催:誇りある日本をつくる会 静岡支部
協賛:静岡県護国神社・静岡県隊友会・東部経営者漁火会・教育を考える静岡女性の会
後援:静岡新聞社・SBS静岡放送・産経新聞静岡支局

平成14年8月17日

平成14年8月17日
誇りある日本に!2000人大会が静岡市民文化会館にて開催されました。

航空特別航空隊員とその母】
と題し特攻隊員の教官であり自らも特攻隊員としての命令を受けた田形竹尾氏(87歳)が「誇りと勇気を失った今の日本では英霊に申しわけない。真の特攻隊員の精神から命の尊さを学んで欲しい」と語る。

【マスコミの現状と今後の展望】
と題し映画監督の水島総氏は、マスコミの偏り報道の仕方の現状を語る。

【日本文化チャンネル「桜」創設の呼びかけ】
と題し誇りある日本をつくる会事務局長松浦芳子が、創設企画に至るまでの活動の経過を語る。
主催:誇りある日本をつくる会
協賛:静岡県護国神社・静岡県隊友会・静岡県防衛協会・静岡県郷友連盟・静岡経営者漁火会・他
後援:静岡新聞社・SBS静岡放送・産経新聞静岡支局

航空特攻映画製作委員会のお手伝い 平成11年~

今頃、何故、特攻隊なの?
と思いながらも、
「最後の悲願なのです。特攻隊の真髄を映像で伝えておきたいのです。」
との八十五才の田形竹尾氏の言葉からお手伝いが始まりました。
十年戦闘機に乗り、特攻隊の教官をされ、自身も特攻隊の命令を受け待機中に終戦になったという経験を持つ田形氏は、講演や出版(山岡荘八氏に師事)で戦友や教え子達の心を伝える活動をされていらしたのですが、真実を『映画』にして残したいとの悲願があったようでした。 四年前に水島総監督と出会った田形氏は、元少年飛行兵達や心ある人と集まり、娯楽でない、お涙頂戴でない、 「たんたんと真実を語る『映画』を作ろう!」
と活動を始められました。
が『映画』といってもすぐ出来るわけではありません。そこで、体験者にお話をお伺いしながらの署名活動が始まったのです。

「崇高な精神で逝ったのです」
という方もあれば
「あの作戦は間違っていました。選択の自由はなかった」
とおっしゃる方、立場や時期、戦場によってもいろいろな意見がありましたが、お聞きする体験談は壮絶なものでした。戦後生れの私には、想像する事さえ出来ず、申し訳ない思いで一杯でした。
かつての勇者たちの体験談をうかがう内に、お聞きするだけではもったいない、この真実の証言を是非映像に残しておかねば…ということになりました。
そして、水島監督の力でフジテレビで終戦特集番組「特攻 国破れても 国は滅びず」として特攻証言番組が放映されることになったのです。
取材はフィリピンから始まり、
九州の鹿屋、知覧、万世、太刀洗、大分、串良、国分の特攻基地跡や長野、島根、群馬等の特攻証言の取材、さらに靖国神社や世田谷特攻観音等の取材撮影を続けて無事撮影を終えました。

撮影中奇跡とも思える不思議な出来事に合いましたが、海底53メートルの爆撃機「呑龍」発見にはびっくりです。
7月27日、産経新聞とフジテレビ
「スーパーニュース」は、スクープとして報道しましたが、戦後50年以上たって何故この時期に見つかったのでしょう。
「七生報国」と書いた鉢巻をつけ突撃した若者もいらしたと聞きますが、当時の青年達が日本の現状を見てたまらなくなり出ていらしたのかもしれませんね。

平成13年8月16日の「特攻 国破れても 国は滅びず」フジテレビ放映には、私も少し映りましたが、映像とは真実を捕らえるのでしょう。
「エッ!デブ・ブス!」でした。
(HPの写真は修正後のものですから・・・ネッ!)

平和な今では考えられない壮絶な事実ですが、「後をたのむ・・・」と逝った若者達の為にも、平和な誇りある日本でありたいものです。

私達、戦後生れは、戦争は悪であるとのみ教えられ、そこには一人一人の生々しい壮絶なドラマがあった事まで忘れようとしています。同じ年頃の青少年達が特攻隊の若いお兄さん達の生き様を知り、

「よーし!特攻隊のお兄さんのぶんまで生きよう。恥ずかしくない生き方をしよう」
と、元気や勇気をもらい、命の尊さにも気づいてくれるといいなあ・・・・
と思いながら活動中です。